リード
2025年はクロスボーダー決済の転換点です。メッセージング層では ISO 20022への完全移行が最終局面に入り(CBPR+共存終了は2025年11月22日予定)、 ネットワーク層ではSWIFTのデジタル資産・デジタル通貨のライブ試験が開始フェーズにあります。 他方、中央銀行サイドでは、マルチCBDC基盤の旗艦であるProject mBridgeが2024年に MVP(最小実用)段階へ到達し、実務実装に近づきました。[1][2][3]
クロスボーダー決済の基礎構造と課題
従来の国際送金は、コルレス(対応)銀行モデルに依拠してきました。 送金銀行と受取銀行の間に複数の中継銀行が入り、各行が自らの勘定系で債権・債務を更新します。 この構造は透明性の低さ(手数料・為替の不確実性)、到着遅延、コンプライアンス負荷などの課題を生みます。 金融安定や制裁執行とのバランスも常に問われます。[10]
改善の鍵は、①標準化メッセージ(データ品質の向上)、②トラッキングと事前検証(リジェクト削減)、 ③決済ファイナリティの迅速化(プレファンディング削減)、④相互運用性(国内即時決済やDLTとの接続)です。 このうち①②はSWIFTが先行、③④はCBDCやトークナイズドマネーの領域と重なります。
SWIFTの現在地:gpi・ISO 20022・新たな実証
gpiでの可視化と事前検証
SWIFT gpiはトラッキングIDによりエンドツーエンドの可視化を提供し、pre-validation(受取口座の事前検証)で誤送金やリジェクトを低減します。 近年はAPI化も進展しています。こうした運用改善は、メッセージ層の進化により支えられています。[4]
ISO 20022移行の最終局面
クロスボーダーFI-to-FI(CBPR+)では2025年11月22日にMT/ISO 20022共存期間が終了予定で、2024年6月の理事会で再確認されました。 Fedwireも2025年3月に移行予定で、移行後も2026年にかけて細かなマイルストーンが続きます。[2][11][14][18]
デジタル資産・デジタル通貨のライブ試験へ
SWIFTは2025年から、デジタル資産(トークン化証券)とデジタル通貨に関するライブ試験を、北米・欧州・アジアの銀行と開始予定と発表。 これは複数DLTや既存RTGSとの連携を念頭に置く取り組みで、CBDCやトークン化資産を既存金融に「つなぐ」実証です。[0][8][16][12]
CBDCが解く(かもしれない)課題
中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、小売型(retail)と卸売型(wholesale)に大別され、 複数通貨をまたぐプラットフォーム(マルチCBDC)では、原則即時グロス決済での同時履行(原子決済)が可能になります。 2024年のBIS調査では、世界の中央銀行の約91%がCBDCを探索しており、特に卸売型で進展が加速しています。[3]
mBridge:マルチCBDCの実装最前線
Project mBridgeはBISイノベーションハブと香港・中国本土・タイ・UAEなどが推進するマルチCBDC基盤で、 2024年にMVPへ到達しました。目的は、参加中央銀行・商業銀行が共有DLTで即時クロスボーダー決済・同時決済を可能にすることです。[1][5][9][17]
他の代表的プロジェクト
- Project Dunbar(BIS・MASほか):共通プラットフォームに複数CBDCをのせ、金融機関が直接相互取引できることを技術検証。Corda/Partiorでプロトタイプを実装。[7][15][19]
- IMFフィンテックノート(2024):小売型CBDCの越境利用における設計・政策論点(アクセスモデル、ガバナンス、FX処理、相互運用)を整理。[11]
比較表①:現行(SWIFT/gpi+ISO 20022)vs マルチCBDC(mBridge等)
観点 | SWIFT/gpi+ISO 20022 | マルチCBDC基盤(mBridge等) |
---|---|---|
相互運用 | 既存ネットワーク・数千行が参加。標準化でデータ品質向上。 | 参加中央銀行・商業銀行に限定。相互運用性設計が鍵。 |
決済スピード | メッセージ可視化と事前検証で高速化。ただし資金決済は各国RTGS/コルレス依存。 | DLT上で原子決済(PvP/DvP)を設計可能。理論上は即時最終性。 |
コスト構造 | 中継行数に比例。透明性は向上傾向。 | 中継削減余地大。ただし初期整備・ガバナンス・接続コスト。 |
コンプライアンス | 既存の制裁スクリーニング体制・データ枠組みを継承。 | 新枠組みのルール整備が必要。相互承認・データ共有が論点。 |
導入容易性 | 既存システム延長。ISO 20022移行が必須マイルストーン。 | 技術・法制度・標準の合意が前提。段階導入が現実的。 |
地政学耐性 | 既存秩序・制裁網との整合性高い。 | ブロック間分断リスク・ガバナンス協調が課題。 |
注:一般的な比較。各国・各案件の設計により差異が出ます。
法規制・コンプライアンスの影響
ISO 20022移行の完了に向け、データフィールドの充実(構造化名住所、LEI、目的コード等)が AML/CFT・制裁スクリーニングの高度化に寄与します。共存終了の2025年11月22日を境に、データ品質の差が エラー率・調査工数の差として顕在化します。[2][10][14][18]
CBDC文脈では、KYC/データ共有の相互承認、FX規制、資本取引管理、プライバシーが主要論点です。 IMFのノートは小売型越境CBDCの設計・政策課題を整理し、アクセスモデル(直接/間接/ハイブリッド)に応じて ガバナンス・責任分界が変わる点を強調します。[11]
コスト構造:どこで削減が起きるのか
- 調査対応・修正の削減:事前検証と構造化データによりNIGO(書類不備)や名寄せ失敗を減少。[4][2]
- 中継行コスト:マルチCBDCは中継を減らし、プレファンドやノストロ管理の負担を軽減し得ます(ただし初期整備費は増)。[1][5]
- 流動性の効率化:DLT上のPvP/DvPにより同時履行を実現、流動性の取り回しを最適化。
主要ユースケース(貿易・証券・トレジャリー)
①貿易金融
書類のデジタル化と決済の同時化を組み合わせると、リードタイム短縮と不履行リスク低減が可能です。 mBridgeタイプのプラットフォームは、異通貨同時決済とイベントドリブンな支払い条件(スマートコントラクト)を支援し得ます。[1][5][9]
②証券・トークン化資産
SWIFTはトークン化証券のデリバリー・アゲインスト・ペイメントや担保移転の連携実証を進め、2025年にライブ試験を開始予定。 市場インフラとの相互運用を確立できれば、売買・清算・カストディの接続コストが下がります。[0][8]
③企業トレジャリー(クロスボーダー送金の高度化)
APIベースの事前検証・トラッキング、構造化データにより、STP率の改善とリアルタイム可視化が進む一方、 マルチCBDCでは、即時最終性とPvPでの為替同時決済によりカウンターパーティ/ヘルスチェックのあり方が変わります。[4][2][1]
比較表②:銀行の実装アプローチ(3モデル)
モデル | 概要 | 長所 | 短所 | 適合する組織 |
---|---|---|---|---|
A:現行強化(SWIFT/gpi+ISO 20022徹底) | メッセージ品質・事前検証・ユースケースAPIの拡充 | 低リスク/既存投資の延長でROIが読みやすい | 決済最終性は国内RTGS・コルレス前提のまま | 中小規模行、リスク許容が低い機関 |
B:ハイブリッド(現行+選択的DLT/CBDC接続) | 一部フローをトークナイズド資産・CBDC連携へ迂回 | 実需のある取引だけを段階導入し効果検証可能 | 運用複雑性が上がる、二重系の統制が必要 | リージョナル行・グローバル企業の取引銀行 |
C:マルチCBDC先行 | mBridge等のネットワークで原子決済を中核に据える | 中継削減・流動性効率化の上振れ余地 | 規制・標準・相互運用の不確実性が相対的に大 | 先進的なグローバル行・一部国営系金融 |
リスクと限界:過度な期待を避けるために
- 相互運用の政治経済学:ブロック間の分断や標準争いが遅延要因となり得ます。[39]
- CBDC期待の変動:一部の調査では中央銀行の期待が弱含む兆しも。既存インスタント決済を強化すべきとの声もあります。[41]
- IT・運用リスク:二重系(従来+DLT)の統制、レジリエンス、障害時手順。
- 法域横断のKYC/データ:プライバシーとコンプライアンスの両立、データ主権。
実装ロードマップ(12〜24か月)
Phase 1:ISO 20022コンプライアンスの徹底(〜2025/11/22)
- 構造化名住所・LEI・目的コード等の必須フィールド充足をKYC/CDDと連携。
- SWIFT pre-validation APIの導入範囲を拡大し、事前照合カバレッジを80〜90%へ。[4][2]
- Fedwire/CHIPS等のメッセージ仕様変更を反映(米国通貨決済経路は2025/3の移行影響)。[10][18]
Phase 2:ハイブリッド接続の構築(〜2026)
- 選定ユースケース(例:高額即時、貿易金融、クロスボーダー担保)でDLT/トークン化のPoC→パイロット。
- SWIFTのデジタル資産・デジタル通貨ライブ試験参加機会を検討(対象市場・製品別に評価)。[0][8][16]
- mBridge等のマルチCBDCネットワークは、法域規制・相互承認・会計処理を含む統制設計を先行検討。[1][5]
Phase 3:オペレーティングモデルの最適化
- 流動性管理(LM):PvP/DvPの時間帯集中を踏まえ、インターバンク流動性の配分と限度枠を再設計。
- データ運用:モニタリング/調査業務の自動化(構造化データ×AI)でcase agingを短縮。
- BCP/レジリエンス:従来経路とDLT経路の切替手順、停止時の代替決済経路を明文化。
KPI設計:STP率・リジェクト率・着金T+X
指標 | 定義 | 現行ベンチマーク(例) | 目標(12〜24か月) | 備考 |
---|---|---|---|---|
STP率 | 人手介入なしで完了した割合 | 70〜85% | 90%+ | pre-validation導入・データ欠落削減で改善 |
リジェクト率 | 名寄せ不一致・制裁ヒット等での戻し | 0.8〜1.5% | 0.3%以下 | 構造化データ、ブラックリスト同期精度 |
着金T+X | 送金当日中(T+0)割合 | 40〜60% | 70%+ | 時差/RTGS時間帯・中継数に依存 |
照会工数 | 1件あたり調査時間 | 30〜120分 | 15分未満 | ケース管理の自動化、統合ビュー |
相互運用戦略:RTGS・DLT・トークン化資産
現実解はハイブリッドです。SWIFTのライブ試験(デジタル資産・通貨)を活用して、 既存RTGS・複数DLT・トークン化資産台帳のブリッジを段階的に用意。 mBridgeのようなマルチCBDC基盤は、対象通貨・相手国規制・運用時間帯の要件を満たすフローから導入。 こうした「使い分け」により、規制リスクを抑えつつ効果を最大化します。[0][1][5][8]
実務チェックリスト
ガバナンス・法務
- データ主権・プライバシー:法域横断データ移転の根拠・ロケーション。
- 相互承認:KYC/CDDの再利用、travel rule対応、スクリーニングの責任境界。
- 契約設計:DLTノード運用、障害・フォーク時の責任、finalityの定義。
技術・運用
- ISO 20022スキーマの最新適用(2025/11/22境目の運用モード切替)。[2]
- pre-validationカバレッジ拡大、データ品質ダッシュボード。
- DLT接続ゲートウェイ、鍵管理、HSM、可用性SLA。
- レグテック:スクリーニング、トラベルルール、ケース管理の自動化。
流動性・会計
- PvP時間帯の流動性配分、担保のトークン化連動(DvP)。
- 会計処理:CBDC・トークナイズド預金の区分、評価方法。
- ストレス時代替経路(従来SWIFT経路への即時フェイルバック)。
よくある質問(FAQ)
Q1:2025年に何が「確実に」変わる?
A:メッセージ標準ではCBPR+共存終了(2025/11/22)が極めて重要です。これにより構造化データ前提の運用が定着します。[2]
Q2:mBridgeは既存SWIFTを置き換える?
A:短期的には置換ではなく併存です。mBridgeは特定通貨・関係国間のフローで即時性・原子決済の利点を示し、SWIFTは広域相互運用のハブとして進化(デジタル資産試験)します。[1][0]
Q3:中央銀行側の温度感は?
A:BIS 2024調査では91%が探索中。一方で期待のムードは国・地域で差があり、慎重論もあります。[3][41]
出典・参考
- SWIFT:2025年にデジタル資産・デジタル通貨のライブ試験を開始予定。
- SWIFT:CBPR+(クロスボーダーFI-to-FI)でのMT/ISO 20022共存終了は2025年11月22日。Fedwire移行は2025年3月予定。
- BIS:Project mBridgeは2024年にMVP段階へ。BIS IHのCBDC案件全体像。
- BIS:2024年CBDCサーベイ(91%の中央銀行が探索)。
- IMF:小売越境CBDCの設計・政策論点。
- 論評(FT):越境決済の地政学・将来像/CBDC期待の揺らぎ。
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