不動産CFの利回りはどこから来る?
不動産CFの表面利回り(予定分配率)は、運用中のキャッシュフローと**期末の価格変動(キャピタル)**の合成です。運用フェーズ(インカム)だけの案件もあれば、売却益も織り込む案件もあります。
- インカム利回り:賃料収入 − 空室損 − 運営費(PM費、修繕・保守、保険、税金等) − 金利・借入関連費
- キャピタル利回り:売却価格 − 取得価格 − 売買・運営に伴う諸費用
- 投資家利回り:上記(インカム+キャピタル)からAMフィー(運用報酬)や成功報酬、さらに優先劣後の損益配分を適用した“残り”
式で表すと(年率換算の考え方):
投資家予定利回り ≒ { [NOI − 金利 − AMフィー] × 運用年数 + {売却益(または売却損) − 売却費用 − 成功報酬} × 分配比率 } ÷ 出資額 ÷ 運用年数
※NOI(Net Operating Income)=純営業収益=賃料等−空室損−運営費
収益が投資家に届くまでの“層”
典型的な資金とキャッシュの流れは下記のイメージです。
テナント賃料 ──→ 物件SPC/TK
│
├─ 運営費(PM費・修繕・固定資産税・保険)
├─ 金利・融資関連費
├─ AMフィー(アセットマネジメント報酬)
├─ 予備費/レントロス吸収
└─ 分配原資
│
┌─────┴────────┐
優先出資 劣後出資(事業者)
(投資家) (価格下落等を先に負担)
優先劣後構造があると、価格下落や賃料減少が一定幅までなら劣後が先に損失を吸収。投資家の元本毀損確率を下げる代わりに、成功時のアップサイドは一部事業者の成功報酬に回る、という設計が多いです。
費用レイヤーを因数分解
- 運営費(OPEX)
- PMフィー(賃料徴収・入退去対応)
- 共用部光熱・清掃、保守点検、原状回復・小修繕
- 固定資産税・都市計画税、保険料
- ファイナンス費用(レバレッジ型案件のみ)
- 金利、事務手数料、借入時・返済時費用
- AM/事業者報酬
- 定額/定率のアセットマネジメントフィー(運用中)
- ディスポジションフィー(売却時)
- **成功報酬(ハードル超過分の◯%)**が設定されることも
- 組成・解約周り
- 取得時の仲介・登記・不特法関連費用
- 期中の監査・会計・システム費
- 期末の売却手数料・解散清算費
これらがNOIとキャピタルゲインを薄める要因。案件票に「ネットで◯%」と書いてあっても、どこまで差し引いた“ネット”なのかを必ず確認しましょう。
数字で見るミニモデル(レジデンス・単年運用)
- 取得価格:1億円
- 想定賃料総額(満室):年800万円
- 空室損・滞納等:10% → −80万円
- 運営費(PM・保守・税保険等):年300万円
- → NOI:800 − 80 − 300 = 420万円
ここに費用を差し込む:
- AMフィー:NOIの5% → −21万円
- 借入なし(レバレッジなし)前提
期中分配原資(インカム):420 − 21 = 399万円
優先劣後:
- 優先:投資家8,000万円出資、劣後:事業者2,000万円(劣後比率20%)
- 分配はまず優先へ予定分配率(例:年4.5%)=8,000万円×4.5%=360万円を充当
- 残り:399 − 360 = 39万円 → 規約に従い劣後へ配分 or 次期繰越
投資家利回り:360万円 ÷ 8,000万円 = 4.5%
この例では期末売却なし(元本返還のみ)を想定。もし期末に売却益100万円、売却費用20万円、成功報酬20%(ハードル超過分に対し)なら:
- 売却純益:100 − 20 = 80万円
- 成功報酬:80×20% = 16万円
- 投資家取り分:80 − 16 = 64万円(優先に配分、規約に依存)
総合年率(運用1年):
(期中360 + 期末64) ÷ 8,000 = 5.3%
レバレッジが利回りに与える影響
同じ物件で**LTV50%(5,000万円借入、年利2%)**を使うと:
- 金利:5,000万×2%=100万円
- 投資家出資(優先):3,000万円、劣後:2,000万円
- NOI420 − AM21 − 金利100 = 299万円が期中分配原資
- 投資家予定分配:3,000万×5.5%(例)=165万円
- 残り:299 − 165 = 134万円(劣後や留保へ)
レバレッジで投資家の自己資本あたりの分配率は上がりやすい一方、空室や賃料下落でNOIが細ると金利が固定的に効いて痛手が大きくなる点に注意。DSCR(債務返済余裕倍率)> 1.2〜1.3などの安全マージンを案件票で確認。
優先劣後が“実際に守ってくれる幅”を理解する
劣後20%の例では、単純化すると評価額が20%下落するまで優先元本は毀損しにくい設計(費用や規約次第で実効は変わる)。逆に言うと、20%を超える下落や賃料急減+売却不調が重なると、優先にも毀損が波及し得ます。
見極めのコツ:
- 劣後は現金拠出か、含み益相当の“見せ劣後”か
- 劣後比率だけでなくバリュエーションの妥当性(取得価格と鑑定/取引事例)
- 売却出口の確度(立地・賃貸需要・利回り水準・類似成約事例)
「予定」利回りを左右する6つのパラメータ
- 稼働率(空室率):想定90%と95%で利回りが大きく変わる
- 賃料改定:更新時の賃上げ/下げの弾力性
- 運営費のブレ:突発修繕、原状回復費の振れ幅
- 金利:変動金利なら見通しとストレス時の試算
- 売却キャップレート:期末の査定想定利回り
- フィー構造:成功報酬のハードル、AM・PMの取り分
早期償還とIRRの落とし穴
予定分配率が年5%でも、6か月で早期償還されると、単純日割の分配はあるが、再投資の空白期間が生まれる場合がある。**IRR(内部収益率)**で見ると、短期で確実に回っても、キャッシュが遊ぶ期間が増えると年間の合成リターンは下振れ。
→ **「最低運用期間」「早期償還時のペナルティやボーナス」「同時に複数案件へ分散」**を確認。
タックス(日本の一般的な取り扱いの目安)
不動産CFの分配は多くのスキームで匿名組合(不特法)を使い、投資家側では雑所得として総合課税に入るケースが一般的です(損益通算・源泉徴収の有無はプラットフォームやスキームにより異なる)。確定申告前提で、マイナンバー・支払調書の扱い、**外国税(海外物件)**の有無などを事前に確認。※最終判断は各案件の約款・税務案内と税理士にて。
案件票で“必ず”見るべきチェックリスト
- 利回りの定義:税引前/後、手数料控除前/後、年率換算方法
- 優先劣後比率:劣後の実効性(現金劣後か、価格評価前提か)
- NOIの根拠:賃料単価、直近入居率、類似成約、将来修繕見込み
- フィーの透明性:AM/PM/成功報酬の料率とハードル
- レバレッジ:LTV、金利タイプ、DSCR、コベナンツ
- 出口戦略:売却先の想定、キャップレート、売却費用
- スケジュール:入金→運用開始→分配→期末清算のタイムライン
- 早期償還条項:投資家に有利/不利、再投資機会の確保
- 監査・評価:第三者評価の有無、鑑定の更新時期
- リスク開示:災害・法規制・借地権・違反是正・短期大量退去のシナリオ分析
シナリオ分析の簡易フレーム
案件票を見たら、最低でも以下3ケースでメモを取ります。
- ベース:案件票どおり(稼働率・売却キャップ変わらず)
- ダウンサイド:稼働率▲5pt、運営費+10%、売却キャップ+0.3%(利回り悪化)
- アップサイド:賃料+3%、売却キャップ−0.2%(好条件売却)
この3本を回して、優先分配の確保度と劣後の吸収範囲を把握。劣後を食い破るかどうかが最重要ポイントです。
よくある“なぜ?”に答えるQ&A
Q1:表面7%って本当に7%出るの?
A:多くはベースケースの想定。空室・修繕・売却費用・成功報酬のブレで±1〜2%の振れは普通に起こり得ます。費用と分配の順番(ウォーターフォール)を必ず確認。
Q2:劣後が厚ければ厚いほど安心?
A:一般論として下値耐性は増しますが、劣後厚さ=取得高値の言い訳になっていないか要注意。取得価格の妥当性と出口の確度があって初めて意味を持ちます。
Q3:レバレッジ案件は危険?
A:NOIに余裕があり、固定金利×長期やDSCRのバッファがあるなら合理的。ただし金利上昇・空室拡大の二重苦に弱いので、ストレスケースで優先分配が維持されるかをチェック。
まとめ:利回りを“面”で捉える
不動産CFの利回りは、
- 物件の稼ぐ力(NOI)
- レバレッジの効き(LTV/金利)
- フィーと成功報酬の設計
- 優先劣後の守備範囲
- 期末の売却条件(キャップレート)
の五角形のバランスで決まります。案件票の数字をそのまま信じるのではなく、費用の順番と損益配分の順番を“読み解く”ことが、本当の意味での利回り理解です。
付録:自分でできる超簡易IRR計算メモ
- 期中分配:年1回/四半期/毎月のいずれかでキャッシュフローを並べる
- 期末:元本返還+売却関連分配(純額)を最終期に入れる
- Excel/GoogleスプレッドシートのIRRまたはXIRRで年率を算出
- 早期償還や遅延があればその日付のキャッシュを正確に入力
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